2010年11月20日土曜日

Always both


写真は、雪の大正池から見た穂高連峰。去る11月11日、上高地閉山4日前のものです。
55歳はリフレッシュ休暇というものがもらえるらしくて、1週間の休暇をとりました。

たまたま、がん患者自助グループの定例の集まりが穂高養生園であるので、それも兼ねて信州へ。
一日早く出発し、上高地と乗鞍高原へ寄ってきました。


がん患者の会は、いつものように近況報告の分かち合いですが、サバイバーの皆さんはとても元気で、2日目の夜は養生園の「山の家」の最終日ということもあって、ピザパーティー。

スタッフの皆さんとともに、ピザ作り。オーナーの福田さん(ホリ協理事)は自ら窯の中にピザを出し入れしてサービスしてくれていました。作りながら食べる料理はおいしい。


最終日は早朝に養生園を後にし、東京に向かいます。
ホリスティック医学東京シンポジウムに出て、ガイアシンンフォニー第7番を見てきました。

映画だけでなく、アンドルー・ワイル博士のもとで統合医療を学んだ10名の日本人医師のうち3名が参加され、それぞれの思いを語られました。
さらに、映画の後の、龍村監督と上野圭一さんの対談も歯切れが良く、楽しいものでした。

印象に残った言葉は、Always both.

龍村監督が、ワイル博士に、「医療の将来について、楽観的か、悲観的か?」と質問した時に、ワイル博士は「Always both」(いつも両方です)と言って大笑いしたそうです。

陰と陽、月と太陽、善と悪、西洋と東洋、といった対立するような概念はいっぱいありますが、その両方を常に見る。両方の存在を常に意識することが、まさにホリスティックなものの見方だ、というような解説を上野さんがしておられました。

愛場庸雅

2010年11月11日木曜日

とんでもない大記録達成!!

先月、ついに大記録を達成した。
この10年来、いや、実際には自分が物心ついた頃から今現在に至るまで
未だかつて一度たりとも達成できなかったことがついに達成できたのだ!
まさに前人未踏…ではなく「前私未踏」の大記録と言えよう。

なんと、驚くなかれ、1ヶ月のうち20日も出たのだ…ウンコが。
学生時代から一週間以上便がないことなどごく普通にあった私にとって、
これはまさに驚天動地の大事件なのだ。
この10年来、まいにちウンコ日記を付けている。
手帳にウンコが出た日に印を付けるだけのことだから、
日記と言えるほどのものではないが…。

昔はそれほど気にならなかったが、
この20年くらいは、やはり便秘は身体によくないという自覚もあり
何とかしたいという思いは常に持っていた。
そのため、人に言われた便秘解消法や健康食品などはかなり試した。

玄米食は言うに及ばず、納豆、野菜ジュース、乳酸菌関連グッズなど色々だ。
お腹を動かすためのマッサージや運動もした。
でも、どれもこれも最初の2週間くらいは良いような気がするのだが、
1ヶ月もすると、結局はもとの便秘状態に逆戻りだ。

もっとも昔から、ある条件下では便が出ることが経験的にわかっていた。
それは適度な集中や緊張状態の持続だ。
消化管は副交感神経優位なので、リラックスしているときの方がよく働き、
緊張しているときは逆にあまり動かなくなるのが通常だ。

私の場合は逆だ。
あまり緊張もなくボーッと過ごしていると便秘がひどい。
ところが試験勉強などのように、かなり集中力が必要なときなどは
決まってトイレに行きたくなる。
あと講演をする日もちゃんと便が出る。
準備のために、それなりの集中や緊張を強いられるからだ。
便秘の私にとって、これはまことに都合のよいことだ。

では、なぜ私は便秘なのだろうか?
実はあまり深く考えたことはないが、もしかしたらこれって、
便秘の原因になるのかもしれないなあ…と思っていることはある。

私は生まれて10ヶ月の時に盲腸(虫垂炎)の手術をした。
このことは、私が小さい頃から親に何十回と聞かされた話だ。
10ヶ月で盲腸になるというのも極めて珍しいが、
おまけに左側にあったというからさらに珍しいことになる。
心臓は左側にあるので少なくとも完全内臓逆位ではない。
となると、大腸だけが逆向きなの??
これは調べていないからわからない。

私は小さい頃から脱腸(そけいヘルニア)があったので、
うちの父親は、私の脱腸の整復をよくしていたそうだ。
ある時、泣いている私の脱腸を見つけ
いつものように整復を試みたがなかなか入らなかった。
泣き方もいつもよりも弱々しく、おかしいと思い、
すぐさま近くの済生会病院に連れて行った。

当直の外科の先生が修復に努めること1時間?
しかし結局修復できず、そのまま手術になったという。
今思えば、医者は嵌頓(かんとん)を起こしたと思ったのだろう。
これは、脱出した腸が戻らなくなる状態で、
放っておくと腸が壊死に陥ってしまう危険な状態だ。

無事手術を終え、出てきた先生は親に説明をした。
「いや~、よかったですねえ、盲腸でしたよ!
それがあったので脱腸が戻らなかったんですね。
しかも盲腸は腐りかけていたので、あと一日遅れていたら破裂して
命が危なかったかもしれません」

執刀医にそう説明されたという。
盲腸は通常右側にあるので、まさか左側にあるとは思っても見なかったのだろう。
ヘルニアの手術をしていたところ、たまたま盲腸が見つかった、ということだ。
もしもこれが本当の話ならば、とてもラッキーなことだ。
もちろん私の左そけい部には、しっかりと手術の跡が残っているので、
手術を受けたことは確かだと思うが…。

話をもとに戻そう。便秘の原因の話だ。
そんなわけで、どうも私の腸は解剖学的に異常がある可能性があるということだ。
そうであれば、それは物理的な原因なので、
普通の人よりも便秘になりやすいというはうなずける。
まあ、こんな稀なことがなくても、
私と同じような、もしくはそれ以上に便秘の人など世の中にはゴロゴロいるので、
無理にこれを原因を結びつける必要もないかもしれないが…。

ウンコの出は今月も比較的調子がいい。
このペースでなんとか今年一年を乗り越えたいものだ。
平成20年には年間202日という200回越えの大記録を樹立したが、
去年は惨憺たる結果に終わってしまった。
年間160日(43.8%)と、大きく5割を切ってしまったのだ。
先ずは月20回を目標とし、
年間で6割を越えたら万々歳だ。つまり年間219日以上ということだ。

というわけで、今年は前人未踏、いや前私未踏の大記録に向けて
日々のトイレ通いに精進努力を惜しまぬ覚悟で邁進したいと思っている!
結果は来年の正月早々のブログで。乞うご期待を!
…まあ、そんなに「きばる」ことでもないですけどね…
(http://holicommu.web.fc2.com/8月9日のブログより転載)

2010年11月10日水曜日

ありがとう・・犬の骨折



犬を車に乗せて、山に向かってゆく。
山のふもとにさしかかると、急に荷物室に居る犬の呼吸が荒くなる。
知っているのだ。
「もうちょっとやから! ちょっと待て!」となだめながら、いつものところに車を止める。
ドアを開けると、待ちきれない犬が飛び出し、大喜びで走り回る。

山の中に、小さな池がある。
近くまでくると犬はダッシュして、ざぶんと池に飛び込む。
枯れ木の枝を投げてやると、泳いで取りに行く。
口にくわえて、鼻をフガフガさせながら戻ってくる。

そんな楽しい時間をずいぶんと持ったものだ。


骨折して、後ろ足が立たなくなってからは、そんな楽しみ方はできなくなってしまった。さすがに山道は歩けない。

それでも、近くの公園まで散歩に行く。
お腹にタオルを通して下半身を支えてやると、前脚だけで歩く。
いつも可愛がってくれる人を見つけると、走り出す。
あわてて、飼い主もついて走る。

犬との二人三脚。
この一体感はなかなかいい。

こんなことは、障害をもっているからこそ出来るのだ。
「障害は不便ではあるが不幸ではない」と誰かも言っていた。


そんな楽しみもこの夏で終わってしまった。
犬と過ごしたこの14年間、思い出すのは楽しいことばかりだ。
ずいぶんと癒されたものだと思う。
長い間、本当に有り難う。

愛場庸雅

2010年11月7日日曜日

微分、積分、全体論




ホリスティックの考え方の基本はホーリズム(全体論)だと聞いた。
で、この全体論では、「全体は部分の総和より大きい」らしい。

これが良くわからない。
少なくとも、はいそうですかとすぐに納得できるものではない。
どうゆうこっちゃ? なんでやねん? と突っ込みたくなる。


先日、統合医療学会のセミナーに行った。
統合医療は、英語ではintegrated medicine という。
これは、「積分」という事らしい。

足し算ではなくて、積分?
さらにわからなくなる。


風呂にはいりながら、40年近く前に習った数学のおぼろげな知識をたどり始める。

y=x3乗+a
という方程式があったとする。

微分とは、このxを限りなく小さくしたときのyの変化率・・だったと思う。
で、微分すると、 dy/dx=3x2乗 となる。

積分は微分の逆なので、3x2乗 を積分すると、
∫3x2乗 =x3乗+C
と習った・・はずである。

このCというのが、名前は忘れてしまったが、決められない定数である。
C?? なんだかわからない存在である。

湯けむりの中でさらに考える。

y=x3乗+aを微分して、dy/dx=3x2乗  となったとき、3次元から2次元に次元が下がり、定数aはどこかに消えてしまった。

逆に、3x2乗 を積分した時に、2次元が3次元になり、Cというものが出現した。
・・・・・

そっ、そうか!

物事を細かく細かく分けて分析的に考えるのは、微分と同じことだ。
つまり、近代科学の分析的思考を続けてゆくと、いつのまにか次元が下がり、元々あった何か、つまり定数aがどこかに消えてしまう。

人間を物質の集合体とみなして、分けて分けて考えてゆくと、いつの間にか、心とか魂という大切な存在が見えなくなってしまうのは、こういうことなのだ。

逆に、積分をすると次元が上がり、今までなかった何か、つまりCが出現する。

つまり、統合医療が、ホリスティック医学がその姿を現すと、今までよりも高い次元になり、かつ今までなかった何かが出現するのだ!
だから、全体は部分の総和より大きくなるのだ。


「わかったぞ!」と言って、風呂から裸のまま出て近所を走り回る。
という、アルキメデスのまねこそしなかったが、妙に納得出来てしまった。

少なくとも、次回の概論講座のネタには出来そうだ。

でも、積分ってどうやってするのだろう?

愛場庸雅

2010年10月28日木曜日

幸せの鈴 出雲大社

今年は何かとお初が多い年ですが、
初めて“出雲大社”に行ってまいりました。

思い立ったら時間を確保でき次第出かけてしまうので、
一人旅になることがほとんどだったりしますが、
今回もちゃっかり一人旅となりました♪

日程的には2泊3日
三ノ宮駅より直通の高速バスで出雲市駅まで行き
さらに滞在中はすべてバス移動という行程でした。

学生時代は夏休みの第一週に宿題を片付けてしまい
あとは遊びほうけるという日々を送っていた私ですが(笑)

最近はどうもギリギリなグループに入ってしまっており

今年行った上海やプサンも、昨年のエジプト旅行さえも
出発前夜、夜中の2~3時頃に準備していたりするのですが

今回も類にもれず、真夜中に準備を整えておりました(汗;)

とはいえ、新幹線や飛行機、
3列シートの高速バスでいつもながらに爆睡し(笑)
目的地に着いたら、こんどは元気いっぱい!

受講生さん(ヒプノセラピースト(催眠療法士)、チャネラー等)や
創業以来のパートナーからもらった情報をもとに

自由に楽しい旅を満喫させていただいております(*^_^*)v

この時こそ、ありがたいなぁと
本当にたくさんの人に支えられて自分がいるのだなぁと
ふと気付くことができる時間でもあります。


こころのヒーリングサロン 
セルジュ・フォレスト
清流いつき

2010年10月27日水曜日

ハングルとの出会い

今、毎日のようにハングル(韓国語、朝鮮語)を勉強している。
始めたのは一昨年の10月からだから、もうかれこれ2年近くになる。
勉強し始めて半年後にはハングル能力検定試験の5級と4級に合格した。
しかしそれから1年以上が経ったが、未だ3級は受けられるレベルにはない。

そんな私だが、実はそれまではハングルなど全く興味がなかったし、
冬ソナが大流行し、ヨン様ブームが日本を席巻しているときも
私にとっては、どうでもよいことだった。
もちろんドラマを見たこともなかったし、見る気もなかった。

それが今やハングルにはまり、
是非しゃべれるようになりたいと日々?勉強している。
人とは、全くもって不思議なものだ。
では、なぜこんなにもハングルに興味を持ったのか。
きっかけは全くの偶然であった…

2年前に私は扁桃腺の手術をした。
それまでの30年間は、全くのほったらかしだった。
最初の頃は扁桃腺炎だったが次第に扁桃周囲炎になり、
最後の方は扁桃周囲膿瘍になっていった。

頻度も、以前は数年に一度くらいだったのが、
この5年間は毎年のように扁桃腺を腫らすようになっていた。
基本的に薬を飲まない私は、
扁桃腺が勝手に破れ、膿が出るまで待っていた。
破れさえすれば、あとは急速に治癒へ向かう。
そんなことの繰り返しだった。

それが段々と頻度も多くなり、ちょっと痛む程度の小発作は毎月のように起こり、
多大な苦痛を伴う大発作も年に2回起きるようになった。
このときは当然、しゃべるのもままならず、仕事にも差し障る。
たまたま講演の日だったりすると、もう最悪だ。

これから先、さらに頻度が増えることが予想されたので、
これはもう限界だと思い、2年前の4月についに手術をした。
ここまではハングルとは全く関係ないが、話はこれからだ。

手術の次の日には、もうやることがないので暇で仕方がない。
そこで昼食後、パチンコ屋さんに行くことにした。
たまたま座った台が「春のワルツ」だった。

冬ソナをご存じの方はわかると思うが、
ユン・ソクホ監督が手がけた四季シリーズの最終章が春のワルツだ。
冬ソナは、このシリーズの第2作目に当たる作品だ。
しかし、そのときは全くそんなことは知らなかった。
本当にたまたま、そのパチンコ台に座っただけだった。
そしてそこから奇跡が起こるのだ。
なんとその日は14連チャンだった。

これに味を占め、次の日も昼食後に病院を抜け出し、
再び「春のワルツ」を打ち始めた。
そしてまた奇跡が起きた。
この日はなんと18連チャンだった。

パチンコをしない人にはわからないかもしれないが、
大当たりすると玉が2500発くらい出てくる。
その間にドラマの第1話のダイジェスト版が見られる仕組みになっている。
つまり18連チャンということは第18話まで見られたということだ。
せっかくここまで来たのだから、最終話の第20話まで見たかったが、
そのあとはどうしても大当たりすることなく、仕方なくここであきらめた。
でも15箱くらいで約6万円の儲けである。気分は最高によかった。

結局、扁桃腺で入院している間にパチンコをしたのはその二日間だけだった。
入院4日目にはすでに退院し、家に戻ったからだ。
「春のワルツ」の結末がどうなるのかが少しは気になっていた。
しかしそのためだけにパチンコをするという気はなかったし、
ましてや20連チャンする確率は極めて低いこともわかっていた。
まあ、たかがドラマひとつに、そう執着する必要もないなあ、と思い
そのまま忘れかけていた。

その後、家の近所のパチンコ屋さんに行ったとき、ふとあるものが目に入った。
なんと、パチンコの景品として「春のワルツ」のDVD全7巻が置いてあったのだ。
これを見ればドラマの最終章まで見られるんだな、とは思ったが、
そうかと言って、これを買ってまで見ようとも思わなかった。
まあ、大当たりして、そのときにまだこの景品があったら
交換してもいいかな、くらいの程度だった。

それからも何回かそこのパチンコ屋さんに行った。
そのたびに、あ、まだある、と、思っていたが、
何が何でも欲しいというわけでもなかった。
事実、お店を出たらDVDのことなどすっかり忘れていた。

ところがある時、大当たりした。1万数千発くらい出た。
その時まだ、そのDVDがあったので、よし、今日、交換しちゃえ!
そう思い、とりあえず「春のワルツ」のDVD全7巻を手に入れた。
次の日から早朝病院へ行き、仕事前に1話ずつ見るのが日課になった。
何話か見るうちに、もうすっかりはまってしまったのだ!!!

もう、無我夢中で見ていた。続きが見たくて出張先にも持って行った。
結局、このDVDは3回見た。
さらに日本版ではカットされている場面もあることを知り、
インターネットで韓国語版「春のワルツ」も購入した。
本や写真集、小説などの関連グッズもすべて買った。
久しぶりにはまった、という感じである。

そうなってくると、今度はドラマを字幕なしで見たくなった。
当然、そのためにはハングルを勉強しなくてはならない。
がぜん、やる気が出てきた!よーし、ハングルを勉強してやる!!
早速、本屋で一番簡単そうな超入門の韓国語会話の本を買った。
それを何度も読み、何度もCDを聴いた。
以来、ハングルの勉強は今も続いている…というわけだ。

本当にちょっとした「きっかけ」により、
こんなにも人は変わるものなのだということを、体験を持って知った。
もし、扁桃腺の手術をしていなかったら
もし、パチンコに行っていなかったら(これはないかも…)
もし、「春のワルツ」の台に座っていなかったら
もし、パチンコで大当たりしていなかったら
もし、春のワルツのDVDを景品に置いていなかったら
もし、その後DVD全7巻が取れるほどの大当たりをしていなかったら
…そんなことを考えていると、ハングルを学ぶ「きっかけ」を持てたというのは、
まさに奇跡に近いような気がしてきた。
こんなにも偶然が積み重なるわけないのだから…

でも、あれこれ考えながら、ふと思った。
もしかして、これって、偶然ではなく、必然のことなのだろうか…と。
(http://holicommu.web.fc2.com/7月28日のブログより転載)

2010年9月22日水曜日

お酒の楽しみ

私はお酒が好きだ。毎日晩酌もしている。
通常は家で缶ビール500ml(冬場は350ml)、
それに日本酒1~2合と焼酎のお湯割り1杯程度だ。
私にとっての適量はこれくらいだと思っている。

よく缶ビール350mlくらいを適量と言っているが、
全くナンセンスな話だ。
酒が飲めない人にとっては致死量かもしれないし、
一升酒を飲める人にとっては
ノンアルコールビールと変わらない程度の量だ。
人それぞれの体質やアルコールの強さによって違うのだから、
これが適量などと、いい加減なことを言ってほしくない。
十把一絡げもいいところだ。

また、この程度の酒を毎日飲むのは健康にもとてもよいと思っている。
適量のアルコールを飲む人は、
お酒を飲まない人に比べ長生きするというデータもある。
これは実感として分かる気がする。

一日の仕事をやっと終え、家路につく。
家に帰ってからの一杯は格別にうまい。まさに至福と時だ。
あとは食事をしながら、チマチマと酒を飲む。
こんなリラックスできるときは、この時間をおいて他にはない。
一日一回、このようなリラックスタイムがあるのだから、
それはストレスも吹っ飛び、心の健康には最適だろう。
当然、リラックスできるのだから、それは身体にもよいに決まっている。
適度な酒が健康によいというのは十分にうなずける話だ。
そんなわけで誰がなんと言おうと晩酌は続ける!自分の健康のためにも!

もっとも私の場合は、土日の講演やセミナーなども多いため
外で飲むことも少なくない。
平均すると月に6~7回くらいは外で飲んでいるかもしれない。
そのときは居酒屋さんでワイワイと飲むのが好きだ。
気が置けない仲間と飲む時はなおさら盛り上がる。
当然、時間も長くなり3~4時間は飲んでいることが多い。
それに伴い飲む量も多くなるのは言うまでもない。

たいていは、まず生ビール4~5杯といったところだろうか。
ビールが飽きると日本酒か焼酎に移るのが常だ。
日本酒も4合くらい飲んでしまう。
焼酎もお湯割りを3~4杯は飲むだろう。
ここまで来ると、確かに適量とは言えないかもしれない。
事実、記憶が定かではないこともしばしばだ。

年を取ってから、特に記憶がなくなることが多くなった。
明らかに肝臓の働きは若い頃に比べると落ちていると思う。
楽しくなるとつい飲んでしまい、酔っ払う。
酔うと気分がよくなるからさらに飲んでしまう。
そうなると記憶がおぼつかなくなる。
家には何とかたどり着くが、どうやって帰ったのかがよく分からない。
断片的な記憶はあるが、それがつながらなかったりもする。

先日もセミナー修了後、みんなで居酒屋へ行った。
5時過ぎから飲み始め、終わったのは9時頃だった…ようだ。
京都駅のとなりに山科駅があるが、そこから新快速に乗った…はずだ。
ところが寝過ごしてしまい、終点の米原まで行ってしまった。
仕方なく反対方向の列車を待ち、乗り換えたが、
今度は戻りすぎて野洲まで戻って来てしまった。
明るく輝く「野洲」という駅の表示は記憶に残っているのでこれは事実だ。

やむを得ず再び反対方向の列車に乗ったのだが、
今度は米原をも越えて田村という駅まで行ってしまった。
ここは長浜のひとつ手前の駅だ。かなり遠くまできたものだ。
ここでも戻ろうと思っていたが、もうすでに最終電車はなかった。
結局、そこからタクシーで帰る羽目になった。
家に着いたのは午前0時をだいぶ過ぎていた…と思われる。

飲み過ぎると、たまにはこんなこともある、たまには、である。
この間は新神戸から新幹線で帰ったのだが、
米原を通り過ぎて岐阜羽島まで行ってしまった。
当然、帰る電車もなく、仕方なく駅前のホテルに泊まった。
新幹線で乗り越したのは初めてだ…私の記憶では…
まあ、これもたまには、のひとつに入れてもらおう。

でもやはり飲み過ぎると、電車代やタクシー代がかかるので
経済的にはあまりよくないことだと思う。これは正直認める。
では健康的にはどうかと言われると、これはなかなか微妙なところだ。
確かに、多少身体に負担がかかるであろうことは予想されるので、
飲み過ぎるのは,決してよいことだなどと言うつもりはない。
しかし、とても楽しい時間が過ごせるので精神的には大いにプラスだ。
でも記憶がなくなると、次の日は気分的落ち込むので、
その点を考えるとトータルで差し引きプラスマイナスゼロと考えている。
そんなの、たんなる酒飲みの言い訳だと思われるかもしれないが…言い訳だ。

要するに、外で飲んだときも飲み過ぎずに、
家で飲むとの同様に楽しめればいいのだ。
そうすれば、毎日が至福の時となり、良いことずくめだ。
…だとわかっていても、それができないのが凡人の悲しいところだ。
(http://holicommu.web.fc2.com/7月12日のブログより転載)