2011年2月1日火曜日

EBMとホリスティック part3


実は、医療現場での判断は、薬の「効果」だけでなされるわけではない。

例えばこの病気が、仮に、全く薬を飲まなくても20%は自然に治る病気だとしたら、医者や患者はどうするだろうか?

さらに、ここで、Aには重い副作用があることがわかったとしよう。その副作用は確率50%で出るとしたら、どうなるだろう。(抗がん剤の副作用の頻度はもっと高い。程度にもよるが)
改善がみられて、副作用のない人は36%(Aのプラシーボ効果をひくと21%まで下がる)、
逆に副作用が出てかつ効果のない、気の毒な人は15%である。
プラシーボでは副作用は出ないはずだから、30%は実害なく改善する。
(実験上は二重盲検だから、プラシーボを飲んでいても、プラシーボのプラシーボ効果で副作用が出るかもしれないのだが、・・ああややこしい)

これらの数字を並べて見ていると、Aは本当に価値の高い薬と言えるのだろうか。

逆に、仮にBは人畜無害で、ごく軽い副作用を0.5%にしか起こさないとしたら、A,Bどっちの薬を飲むのが、本当に得策なのだろうか。

結局、この薬を飲むかどうかの判断は、言ってみれば賭けである。いろんなデータの結果に基づいて、医者と患者が検討し、合意してなされるのが本当である。

実際の臨床現場では、この効果や副作用以外にも、いろんな要素、例えばどの程度深刻な病気なのかとか、薬の値段とか、いつまで飲み続けるとか、患者が薬をきちんと飲めるかどうかとか、そんな複雑で多くの要因をまるごと含めて考えて、決断を下さなければならない。

EBMが大事とはいえ、実際に、エビデンス=即、治療ガイドラインにならないのはそういう事情がある。
各種のガイドラインにも、たいてい、「推奨はするが、個々の事情に応じて、医師の裁量で柔軟に判断すべき・・」などと書いてある。

医療はそれだけあいまいなものなのだ。

ホリスティックな考え方とは、このあたりのことも全て含めた考え方である。
実験結果が全てではない。いろんな事情や状況をすべて含めて考えるという事である。

実験結果は重要な要素だが、それを絶対視せず、公平な立場で判断するのが科学的な姿勢であり、それを適切に利用するのが医学と医療のあり方だ。

ホリスティックは、決して非科学的な考え方ではない。むしろ、非常に科学的で公平な見方をしている。
さらにその上に、科学では割り切れない色々な要因にも目を向け、極めて広い視野から物事を判断する考え方である。

つまり、医療の現場は、そこにエビデンスのあるなしにかかわらず、常にホリスティックなのだ。

愛場庸雅